東日本大震災




 東日本大震災から、早くも「四十九日」が経ちました。
生存された方々は、筆舌に尽くしがたい大変な苦労をされたと思います。
 そして今日、亡くなられた人々はあの世に旅立つ日、生まれ変わりが決まる日と言われています。   
 残された方々は辛いでしょうが今こそ、自分達の進路方針を決める日です。

 
 私たちは大きな戦争を経験してきました。 日本全国で大きな被害を受けました。
東京の大空襲・長崎や広島の原爆投下・沖縄や硫黄島の激戦・全国にわたる戦争の傷跡。
人の心も経済も完膚なきまで叩き込まれました。

 私は当時小学校一年生でした。 物心がついていたかは分かりませんが、一面焼け野原になった東京は知っています。 
私たちの学校は焼け、鉾の残った学校の体育館の中を区切って、朝と昼の二部授業をした事。ガード下や盛り場には、浮浪者・浮浪児がたむろをし、電車は進駐軍(アメリカ人等)の人と分けてのせられた事。  
さらに、女の子や髪の長い人にはDDT(殺虫剤)の粉を頭からかけられてていた事、昼のお弁当には配給のサツマイモの一欠けも持ってこられず校庭で立っていた子・・・・子供心にも悲しかったです。

 でも、日本は皆んなで頑張り、経済大国として成長しました。
今回の東日本大震災は日本中、いや世界中の人が応援をしてくれています。  戦争の時より条件は良く、遥かに復興は早いペースで進むと思います。・・・アメリカだけが支援してくれた当時よりは・・・・・。

 被災地の人たちには何もありません。 お家もお金も全て失い・・着の身、着のままです。発想の転換を考えると、これほど強いものはありません。
 ほとんどの方々が失う物は既になく、「ゼロ」からの出発です。(中には住宅ローンがの残っている方も居ますが、暫くオトボケです。)
「無」からの出発、何よりの事です。

 あなたの特技は何ですか?、今迄にやってみたかった事は何ですか?、 あなたの周りにはなにか足りない物はありませんか?この機会に家族・友人と未来を夢見て、企業を起こしませんか? 飲食店でもいい、もちろん一本づりの漁師さんでもいい、今有り余る産廃の材料を生かした起業でも良いと思います。資本はかけないように考えましょう。  家族と相談して今日から考え行動しようではありませんか。

 頑張れというのは間違っているかもしれません、すでにいままで十分に歯を食いしばって頑張ってこられています。  「冬来たりなば、春遠からじ」と月並みな言葉がありますが、今まさに春がそこに来ています。 幾多の困難が待ち受けているとしても、子供達のため、自分のために動こうではありませんか。
未来に向かって手を取り合って、恐れずに突き進んで行きましょう。


ここからは愚痴
 私は、前に仕事をリタイアして年金生活を送っている言わば「ロートル」の元技術者です。
今は何の力もありません、が、戦後を生き抜き、経済を発展させた自負はあります。
今回の震災に、なんの具体策もなく政争に明け暮れている政治家にはウンザリです。
 私たちの様な経験者も何らかのお役に立てばと、申し入れても門前払いが関の山。
政治家もお役人も自分達のプライドと都合のいい事にしか物事を進めないようです。

  私たちは、支援物資や義援金を送るぐらいしか、直接の支援は無理なのでしょうか。
  もちろん、日本の経済の活性化をはかる支援は当然しますが・・・・・・・。




 










中央合同庁舎三号館

           














 中央合同庁舎三号館は、以前に建設省・運輸省が使用していましたが、現在は国土交通省と名前が変わりそのまま入っています。
 1970年当時、地上6階だった建物を11階に増築、更にその下の階を地下2階迄不燃化する工事でした。
 庁舎は、業務を停止させる事は出来ず、さりとて仮住まいする場所やお金もなく、業務を続行させながら工事をすると言う難工事でした。
 改修工事は、職員が工事の作業場所を避けながら移動し、大変な思いと緻密な計画のもとで行われました。当時の職員の皆様方に、本当に感謝したいと思います。

 今回、建物の中には入れず外観のみの撮影となりましたが、先月の地震(2011・3・11)にも、内外装ともに影響はなかったと聞いております。・・・安心しました・・
 屋上にある円柱のアンテナも苦労して建てましたが、異常はないようです。
 さすがに、41年経過さらに下の階は60年以上経ち、PC版のタイルが剥落が見られるのか、庇にネットが張っているのが見られました。
 40年も経つと周りに大きな建物が建設され、当時の威風堂々とは参りませんが、それなりに、頑張っていると思います。

さくら




 
今、秩父は桜の花の盛りです。
東北大地震からすでに一ヶ月を過ぎ、仙台もさくらが咲き初めたとのTVの報道です。
このところ、先日の大きな余震や毎日福島県の浜道裏りなどで余震がつづいています。
この余震に誘発されて、関東の直下型地震や東海さらに東南海・南海地震が起きないように祈っています。 
何故なら、東京直下の地震は関東大震災から数えて、今が丁度その周期にあたっています。 
さらに東海地震などの地震についても、その可能性は決して低くありません。
地震学者の間でも、その事については懸念されていると考えられています。
秩父でも、もし起こった場合の対処を考えておきたい物です。


春のあしおと





 
まだ寒いミューズパークにも確実に春の足音が聞こえてきました。
「まんさく」の花が咲き始め、木々の梢にかすかな緑を見つける事が出来ます。


樹木の伐採





二月初めから、公園の木が沢山伐採されています。
「花の回廊」の花に日を当てる為と規模を大きくする為だそうです。
かなり大きな木も伐採されています。
公園の樹木を管理者(秩父開発機構)だと云って、伐って良いのでしょうか?
法律では、禁じられているはずです。秩父開発機構は株式会社のはずですが?,
秩父市は、「秩父環境基本計画」を策定し、みどりの都市を宣言しているはずではないでしょうか?  そのお膝元で、矛盾が生じています。
一年草、多年草を植えて、何十年と経った樹木を伐採し、後年に悔いはありませんか?
「花の回廊」で収益を期待しているのでしょうか。・・・・手間と経費をかけて大丈夫ですか?   昨年、一昨年の状況は良かったですか。 原因は日陰になったからだけですか?
芝桜の夢を見ているのでしょうか。 二匹目のどじょうは居るのですか。
ミューズパーク(秩父市)の売りは「みどりと森」ではないでしょうか。
市民の憩いの場として、近郊の人々の安らぎの場としての役割は大きいと思います。
一番大きな駐車場のあるセンターハウス前の、こんもりとした森は既に向こうの山々が見えています。・・・冷たい風が、テニスコートや駐車場に吹き渡っていきます。
これからのミューズパークは、本当にこれで良いのでしょうか。
大きな「疑問」が残ります。

立春

                ミュズパークからの両神山
                  秋祭りの名残り
                芽ぶき始めたみつまたの花
                準備が整い始めた杉の花粉
                   走り回るワンコ

 寒い冬もそろそろ終わりに近ずき、秋祭りの賑わいの後を残したふうせんの跡も、うつろにぶら下がっているように見えます。
 立春も過ぎ、秩父ではここ2〜3日暖かい日がっ続いています。
 我が家の水道管も破裂した厳しい冬は、確実に過ぎてゆく気配があり、いよいよ花粉が舞い散る季節へと移るようです。
 木々の芽も膨らみ始め、暖かい日差しに犬もよろこんで散歩をしていました。

個展







昨日、子供の「SUNNDAY VISION]の事務所で行っている、グラッフィックデザインの個展を見に行ってきました。
渋谷の代官山で行っていますが、見に行ってくれてる人もあるようで、なかなかと盛況の様でした。
1/21〜2/2迄ですが、興味のある人は一度行ってみてください。
場所は、渋谷区猿楽町28の「GALLRY SPEAK FOR B1F」です。

ミューズパークの雲



 今日の散歩は、寒かったので空気が澄み「雲」や遠くの「山々」がきれいに見えました。
 

合格祈願


                   復元された忍城の三階櫓


                      文殊寺の本堂


                    合格祈願のお地蔵さん

                 
                   お地蔵さんとウサギ


                    文殊寺の山門


                    絵  馬

                   秩父神社

先日、頼まれもしないのに、孫の高校受験のため、合格祈願をしてきました。
近くの秩父神社にいってお参りをし、知恵の神様である「北辰の梟」を拝み、絵馬を奉納して来ました。

又、数日後、熊谷へ行った折、「文殊寺」へ、そして一寸足を伸ばして行田迄行き「忍城址」へ行ってきました。

文殊寺は、「武州野原の文殊様」として「日本三体文殊菩薩」の一つにあげられています。
そして、知恵をつかさどる文殊様をまつってあり、今年の干支の「うさぎ」がお使いとあって受験生が沢山訪れているようです。
絵馬とこけしのお地蔵様があったので、こけしに合格祈願を書いて孫の干支の守り本尊である千手観音にお祈りしてきました。

行田の忍城は、戦国時代に石田三成が二万の兵力で城を取り囲み、近在の農民を含めた五百の城兵を攻めたが落ちず、難攻不落*天下の名城と云われています。  この事は「のぼうの城」として小説があり、さらに映画にもなると云うことらしいです。
このような事から、「落ちない城」ということで、受験生の間で人気が高まり、おまもりまで頒布されています。
もちろん入手してきました。






  

 

お正月





                                                              今年のお正月は、もっと暖かいと思っていましたが、意外に寒くミューズパークの散歩も「力」が入らず、暖かくなったお昼頃にチョコットあるいています。 
公園の木は、当然ですが「葉」が落ちて寒々としており、散歩の人影も少なくなっている様な気がします。
その中で「寒椿」が公園の隅に、赤く密やかに咲いていました。 
空気が乾燥している為、武甲山を始め両神山等、周りの山々げくっきり見え、清々しい気持ちになれます。